第五話

俺は、月へ向かう航宙機に乗りながら、山岡のことを考えていた。あいつは、いつでも人に心配をかける。しかし、今回のようなのは、初めてだ。己の思いに忠実に生きていくのは格好いいが、それも時と場合によりけりだ。
隣では、三好がすやすやと寝ている。こいつは、本当に肝が据わっているのか、実にクールだ。
「お飲み物をお持ちしましょうか?」丸い帽子のスチュワーデス(いや今はキャビンアテンダントか)に聞かれたので、俺は、
「炭焼きコーヒー」と言ってみた。彼女は、少し困った顔で、
「申し訳ありません。炭焼きコーヒーはございません。ホットコーヒーでよろしいでしょうか。」といっていた。俺は、少し反省しながら、「ええ、いいですよ。」と告げた。味気ない四角いパックにストローがささったコーヒーがやってきた。
航宙機はすいていた。俺は、ショットバーで山岡の彼女がいった言葉を反芻していた。
「彼は、これまで、5個の天体に出掛けてる。でも、タイタンとか、カリストとか、カロンとかのどちらかといえば安全な基地しかない星ばっかりだったの。今回のような、いるだけで危険な所は初めてなの。彼の理想も分かるけど、今回は、すこしめげるわ。」彼女の手には、ぼろぼろで穴だらけになった自由の女神の写真や、台に乗っている半分溶けかけた大きな仏像の写真が握られていたのだ。
そうなのだ、地球は今はほとんど人の住めない状態と聞いている。地表に降る紫外線が増え、気温が高くなり、海はほとんど干上がり、どこかの研究所から漏れた生物兵器・殺人バクテリアが充満しているという。
俺は、ポケットからオートペーパーを取り出し、プロジェクトをもう一度確認した。今回のプロジェクトは、地球を復興させるのが目的だ。月軌道から、オゾン再生プラント・炭素固定プラント・バクテリア分別プラント、海洋再生プラント等を投入して、部分的な地球環境の改善を図るのだ。標的としては、中緯度にある、大陸と海で隔てられている島が選ばれている。
窓の外には、次第に近づいてくる地球が見えてきた。
「地球は赤かった、か。だれのせりふだったかなぁ。」
俺は、少し眠ることにした。