第八話

「本シャトルは、ただいまから、マスドライバによる加速を1Gで4分と21秒行い、地球へ向かいます。座席にお座りになって、お待ちください。」俺は、機内放送に従って、席に座りヘッドレストに頭を埋めた。窓の外には、静かの海の景色が広がっている。背中を押される感じがして、景色が後ろに流れ始めた。
「ここの加速器の電源は、リチウム電池だそうです。」と三好が言った。それじゃずいぶん昔の設備だと思ったが、手入れは行き届いているのだろうと俺は考え直した。地球に着くまでは、山岡は豪快に寝ており、旅は平穏だった。大気圏突入も、想像したほど激しくなく、マッコウクジラに似たシャトルは穏やかに北極基地に着陸した。
基地に着くなり急に姿を消した山岡が「やあ。どうだ。」と言いながらやってきた。不恰好で真っ赤な三輪のヴィーグルを押している。俺は、山岡に、
「そのヴィーグルはなんだ?」と聞いた。山岡は、本体の脇に飛び出したシートのカバーに描かれた火の絵に触りながら、「ハーレーというんだ、このサイドカーの名前はな。」と言った。
北極ベースのエアロックまでサイドカーを押して、山岡は言った、「大昔のガソリンエンジンで動くオートバイだ。俺も乗りなれてないから、テスト走行に行こうと思う。この辺では、排気ガスが出る車の方がじゃまが入らないからな。」機材の整理をするという三好を残して、俺はハーレーの横に張り出したシートに座った。山岡がハーレーを蹴ると、すごい爆音が起こり俺は耳が聞こえなくなった。
エアロックの扉が開き、山岡はハーレーを駆った。しばらくは慣れない感覚だったが、顔に風を感じて、俺は気分が良くなってきた。地衣類で覆われた黄緑色の大地を、ハーレーは真っ直ぐに駆ける。火星では、味わったことの無い開放感だった。
ヘルメットの中から山岡の声が聞こえてくる。「これが自然って奴らしい。ヴァーチャルじゃない実体験っていうのは、俺も初めてだ。おい水野。」
俺は、言葉を失っていた。火星では、保護スーツを着用して屋外活動をするから風を肌で感じることが無い。この感覚の答えは、ある単語だった。
「自由、だな。」しばらく、二人とも無言だった。
ふと、前方に、黒い煙が立ち上るのが見えてきた。山岡がスピードを上げる。小さな尾根を越えると、キャンプが燃えていた。