叙述トリック

id:sokyoさんの質問(http://q.hatena.ne.jp/1324043526)に投げ込んだ短編です。叙述トリックという題で、書いたことになってます。まあ、つまり叙述トリックが入ってるってことですけど。

 

『夏祭り』

カナカナカナカナカナ… カナカナカナ…
遠いヒグラシの声が聞こえて、暑かった今年の夏も終わりそう。
夕焼けを背にして、郵便受けからはがきを取り出す。
ふと、差出人を見る。「若林 ? 薫?」つぶやきながら裏を見る。写真が印刷
されている。
「ああ、カオルクンかぁ。」
私の目の奥に、遠い夏の終わりの出来事が、走馬灯のように浮かんできた。
あの日も、ヒグラシが鳴いていたっけ。

学校から私は駆けて帰って来た。
「ただいまっ」
靴を脱ぎっぱなしで、部屋に駆け込む。忙しい、忙しいっと。
「お帰り、早かったじゃない?」とママ。
さらに、私の様子を追いかけながら、
「なにバタバタしてるのよ」と言う。
制服をあちこちに脱ぎ散らかしながら、私は部屋中を探す。
「浴衣ってなかった?」と私。
制服を拾いながら、ママが尋ねる。
「浴衣って、どうするの?」
「着るにきまってるじゃな」
箪笥の上の棚から浴衣を出しながら、
「だから、どこに?」ママは小首をかしげてる。
「神社の夏祭りっ。今夜っ。」
私は、ちょっと勢い込んで言ってしまった。
「あらあら、気合入ってるのね。どっちにする?」
二着ある浴衣をベッドに並べてママは聞く。
「着てみないとわからないから、これ着てみる」
ママが羽織らせてくれる。
「どう?」
「背が高くなったわねぇ。あとで丈直しましょ」
鏡の前でくるくる回る。よくわからないからもう一着。
「そっちも」
「はいはい」とママ
鏡の前でまたくるくる回ってると、ママが帯を二、三本抱えてきた。
「あてがってみましょ」
また、くるくる回る。さっきのとも比べたい。
「それ着て、帯と比べる」
「はいはい」
うー、迷う。
いろいろ試して、最初の浴衣と、ママの持ってきた帯に決める。
「汗かいてるじゃない。」
「じゃあ、シャワー」
「浴びてらっしゃい。」

「誰と行くのー?」ママがドアごしに聞いてくる。黙ってると、
「カオルクンかぁ。」と、勝手に決めつけるママ。合ってるけど。
「なんで、ママがクンづけなの。」
「あなたがいつも呼んでるからうつっちゃったのよ」
「ったく」
「カオルクンと祭りでデートかぁ。成長したわねぇ。」
「そんなんじゃ」
「ナイ、のね。はいはいわかりました。浴衣置いておくから、リビングまで羽織ってきて。」

もう浴衣は直っていた。とは言っても、着慣れないからそのへんのところはよくわからない。
「あら、似合ってるわ。浴衣が似合う年になったのねぇ。」
「歩きにくいんだけど」
「慣れてないからしょうがないでしょ。ちょっとこうして、裾を気にして歩くしかないわね。」
「はーい」
やっぱり歩きにくい。でも、浴衣は外せない。夏祭りだから。カオルクンも浴衣着て行くって言ってたし。
「行ってきます。」
「いってらっしゃい。遅くならないようにね。カオルクンによろしくね」と小さく手を振るママ。
「はーい」
夕焼けで、空も人も真っ赤だった。カナカナカナ… 遠くでヒグラシが鳴いていた。

一の鳥居の脇にカオルクンは立っていた。大人っぽい、紺地の浴衣を着ていた。
私は、駆けだそうとして、足がもつれて、転んでしまった。立ち上がろうとすると、カオルクンが私の手を支えてくれた。
「ありがと」
「気を付けないと」
カオルクンは私の浴衣をはたきながら言う。
「浴衣慣れてなくて」
言い訳のように小声で言うと、
「ボクも、あんまり慣れてない」
と、慣れてそうな仕草のカオルクンが言う。なんか、いつもと雰囲気が違う。ドキドキしてきた。
「じゃあ行こうか」
「うん」
二人で、一の鳥居をくぐる。そこから先は、夏祭り真っ盛り。縁日の屋台と喧騒でいっぱいだった。

カオルクンは射的はうまいけど、輪投げがだめなこと。意外に綿菓子がおいしいこと。カルメ焼きの屋台にカオルクンがへばりついて離れなかったこ と。私はくじ運が悪いこと。でもじゃんけんは強いこと。金魚すくいは、二人でやると楽しいこと。焼きそばの青のりは、なぜか選んで前歯につくこ と。たこ焼きのソースは、鼻の頭につくこと。
「カオルクン、鼻にタコ」
私は転んだ。カオルクンは笑いながら、
「タコってなに?鼻にタコなんかついてないよ」
と言っている。そして、笑いながら、私が立ち上がるのに手を貸してくれている。立ち上がると、目の前にカオルクンがいた。
視線が絡まる。ドキドキする。あ、これって。

ドォォォン

カオルクンの顔が、赤く青く緑にオレンジに輝く。二人で見上げる空に、大輪の花が広がる。
「打ち上げ花火だぁ。きれい」
花火は、すぅぅっと尾を引く様に消えていく。カオルクンの顔も宵闇に消えていく。

”君がいた夏は 遠い夢の中 空に消えてった 打ち上げ花火”

聞いていたiPodを部屋のデッキに差して、部屋中に『夏祭り』が広がった。ステ
レオのディスプレィに「Whiteberry」の文字が浮かぶ。
手紙の束をテーブルに置いて、はがきを一枚持ち上げる。
「カオルクン、結婚したのかぁ。」
私の手の中には、結婚しましたと書かれた、結婚式の写真がある。私はその写真
を見つめて、あることに気が付いた。
「カオルクンひょっとして…」
私はこうつぶやきながら、書かれた文字を追った。はがきにはこう書いてあった。

「お元気ですか?私、山口薫は、このたび若林薫になりました。それと、一度に家族が三人になったんですよ。恥ずかしいけど、デキ婚です。今度遊び に来てくださいね。」
私は、追伸の文字を見つけると、父のいる和室に向かった。ふすまを開け、母の遺影に手を合わせている父に言う。
「カオルクンから手紙が来てるよ。覚えてる?結婚したんだって。オヤジあてに追伸が書いてある。」
振り向くオヤジに読んであげた。
「ママさんお元気ですか?オネエ言葉のお師匠さんが懐かしいです。まだ、ママさんって呼ばれてますか?今度は、娘に教えてください、生け花。薫」

カナカカナカナ…  君がいた夏は 遠い夢の中
遠いヒグラシの声と、Whiteberryの歌声が重なる。暑かった夏も、終わりそうだ。


sokyoさんの別の回答(http://q.hatena.ne.jp/1318688077#a1110749)に書かれていた「あとがき」の元の短編を書いたという設定です。一部改編してますし、落ちを変えてしまってますけど。