順序小説に挑戦。

知ってる人は答えられるでしょうけど、他の方はどうするか・・・ 楽しみです。

「初夏の風景」

梅雨入り前のある日、強い台風の近づいている街は、ざわついていた。道端の橘も強い風にしなっている。東大の赤門の前を通りながら、彼はこんな日を選んだことを後悔していた。彼は、空調機器のエンジニア。昨日の、ファンの下面側にある回転機構の偏心への対応で疲労していた。朝食もそこそこに急いで飛び出してきたので、イチゴジャムがシャツについてしまっている。

「何で台風なんだ。」と思いながらも、吹き付ける強風に向かって、口を真一文字に結びひたすら前を目指していく。近くのパチンコ店の前では、エヴァンゲリオンのアスカの旗が、倒れてしまっている。

通りに面した家の屋根にある風見鶏も、くるくる回ってしまっている。あれでは、どこから風が吹いているのか、まったく分からない。街を行き交う人も、「こういうのって、ハリケーン級って言うのかなぁ」「サイクロンって言うのもあるんだってよ。」などと大声で話している。スカートのすそを気にしながらも、女子高生が3人Vサインをしながら携帯で写真を撮っている。なんでも写メールしないと気がすまないのか。

神社の小さな祠も吹き飛ばされそうだ。鳥居の向こうから、祠の扉ががたがたと鳴っている音が聞こえてくる。よく見ると、祠の扉が壊れていて、木組みがバツ印の様になっている。

道端に山のように積まれている古本がじゃまで通りにくい。一番上に置いてあった松坂大介の表紙の雑誌が目に付いた。その脇の段ボール箱が、一瞬の突風で飛ばされて行く。最近よく見る通信販売のマークが付いているのがかろうじて見える。

道を挟んで建っている、お城の様なラブホテルの看板も、さっきより強い風を受けて飛んでしまいそうだ。

秋葉原にやっと到着した彼は、空を見上げながらほっと息をついた。ここからは、新しい鉄道に乗っていくのだ。駅に面したスポーツショップのショーウインドウには、ウインドサーフィンが飾られている。その脇のTVからは、気持ちよさそうにセーリングやジャンプをしているビデオが映っている。

駅へ向かおうとした彼は、1台のスーパーカブに引っ掛けられそうになって、転んでしまった。転んだ目の前には、旅行会社のポスターが貼ってあり、そこには「沖縄キャンペーン」の文字が躍っている。

髪の毛を掻きながら、彼はつぶやいた、「南の島か、いいなぁ」。真っ黒な雲を見上げながら、彼は駅の南口へ消えていった。