「時間よとまれ」三部作その3 かきつばた杯参加作品

『打ち上げ』



「おばあちゃん、早く。遅れちゃうよ。」
飛び込んできたサトルに手を引かれ、私は外へ出た。快晴の空が広がっていた。
「あら、いいお天気ねぇ」
サトルは、私の背中を押す。
「ほら、もうカウントダウン始まってるんだってば。早く乗って」
「ハイハイ」
「ハイは一回」
「ハイハイ」
乗り込んだワゴン車の運転席には、サトルの父親の佐藤さんが乗っている。
「すみません、完全に自分の祖母扱いで。」
恐縮する佐藤さんに手を振り、
「いえいえ、本当の孫だと思ってますよ。」
と隣にちょこんと座っているサトルに微笑みかける。
「しゅっぱーつ」
サトルの掛け声で、車が動き出す。
目指すは、宇宙が丘公園。コウノトリの乗ったHⅢロケットの打ち上げを見るため。

駐車場から、サトルに背中を押されて展望台に上る。人がいっぱいいる。
遠くに、白いロケットが見える。
50年前も、ここから私は見ていた。あの人が宇宙に消えていくのを。

「ねぇねぇ、おばあちゃん。デイビッド博士って、いまどこにいるんだろう。」
急にサトルが、私の袖を引いた。唐突な質問に戸惑っていると、
「超光速飛行中だから、今どこにいるかは、正確にわからないんだよ。」
と研究員らしく佐藤さんは、サトルに答えている。

そう、今どこにいるかわからないの、あの人は。

そして、はるか未来に、唐突に戻ってくるという。

私は、あの人の出かけた戸口に、あれ以来住み続けている。

「あと、10秒だよ」

サトルの声で、我に返る。ロケットから淡い白煙が上がる。
カウントダウンを一緒に刻む。あの時と同じ。

「3、2、1」

白い煙が上がる。

ゆっくりと、白いロケットが浮き上がる。


あと150年も待てないわ、私。
最初の補助ロケットが分かれて行く。
時間が止まればいいのよ。


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「ハル、軌道計算を変更」
「どうしたんです?大気圏突入をやめますか?」
「いや、通過する地点を変える」
俺は、コンソールに示された、地表の地図を触り、日本の南を示した。
「ここを突入箇所にする。種子島の南だ。」
「日本のHⅢロケットが上昇中ですが。」
「その南方30kmを通過する。」
「理由を聞いてもいいですか?」
「機械のくせに生意気だな。」
俺は、少し躊躇した。
「出発前に分かれた彼女が、その近くで、ロケット発射をよく見に行くらしいんだ。」
「なぜ、種子島に?」
「俺が出かけた場所だからだ。衛星軌道でこれに乗る前に、種子島から上がったんだよ」
「計算終了しました。軌道変更シークエンス終了。カウントダウン再開」
コンソールに浮かぶ数字が、徐々に減っていく。

「帰ってきたよ、サトミ。待たせたな。」

「大気圏突入20秒前。73秒後に最大過熱、86秒後にイワノビッチ高度に達します。カウントダウン続行」

大きくなってきた振動に耐えながら、画面の数字を追う。
70
揺れる
50
船内が真っ暗になる
45
画面が消える。船内がきしむ。
40
ハルの声が消える
37
右横が真っ赤だ。熱い
30
全部赤い、熱い
25
右の壁がもぎ取られた
15
背中の壁が飛んでいく
10
周りの機材がなくなっていく

シートとヘルメットが融けている気がする。息が吸えない。

叫べ!

「時間よ!動け!」


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「おばあちゃん、あれ何?」
サトルの指さす方、ロケットのちょっと下に、小さな火花のようなものが見える。
見る間に大きく光る火の玉になって、近づいてくる。
はやぶさの突入みたいだ」
佐藤さんの呟きが聞こえる。

私は、その火花に引き付けられた。美しく散っていく、炎のかけらに。
そして、そんなはずないと思いながら、こう言っていた。

「お帰りなさい」