かきつばた杯に参加しました。お題は「ドラえもんのパスティーシュ」

『綾取物語』

今は昔、綾取ののび太といふ者ありけり。野山にまじりて道草を食いつつ、よろづのことにさぼりけり。名をば、野比となむいひける。その漫画などを読みてさぼりたる机の中に、耳を無くしたる猫型ありける。怪しがりて、寄りて見るに、引き出しの中光りたり。それを見れば、二頭身ばかりなる猫型、いとうつくしうてゐたり。のび太、言ふやう、「我、朝ごと夕ごとに見る机の中におはするにて、知りぬ。友となり給ふべき猫型なめり。」とて、引きだしを開きて、家へ招き入れぬ。両親に預けて養はす。蒼きこと限りなし。いと丸ければ押入れに入れて養ふ。
 綾取ののび太、日頃の困りたる事有しが、この猫型を見付けて後に、袋の中より、欲しがるごとに故ある具を手にすること、重なりぬ。かくて、のび太、やうやうなまけになりゆく。 
この猫型、養ふほどに、すくすくと丸きになりまさる。三月ばかりになるほどに、よき ほどなる丸になりぬれば、かくれんぼなどしてあそばせ、裳着せず。どらやきを出し、いつき養ふ。
この猫型のかたち けうらなること世になく、屋のうちは暗き所なく 光り満ちたり。のび太、心地あしく、苦しきときも、この具を手にすれば、苦しきこともやみぬ。腹立たしきことも慰みけり。のび太、いじめられること久しくなりぬ。勢ひさらなるなまけ者になりにけり。この猫型いと丸きになりぬれば、名を、猫型ロボットと呼びて、付けさす。猫型、どら焼き好きのドラえもんと付けつ。このほど三日うちあげ遊ぶ。よろづの遊びをぞしける。男の子はじゃいあんやすね夫など呼び集へて、いとかしこく遊ぶ。空き地を使う男の子、あてなるもいやしきも、いかでこのドラえもんの具を、得てしがな、見てしがな と、音に聞き、めでて惑ふ。
 
《楽しき日々は過ぎぬ。》

 
八月十五日ばかりの月に出でゐて、ドラえもんいといたく泣き給ふ。人目も今はつつみ給はず泣き給ふ。これを見て、友どもも、「何事ぞ。」と問ひ騒ぐ。ドラえもん泣く泣く言ふ、「さきざきも申さむと思ひしかども、必ず心惑ひし給はむものぞと思ひて、今まで過ごし侍りつるなり。さのみやはとて、うち出で侍りぬるぞ。おのが身は今の世の人にもあらず。未来の時の人なり。それを昔の契りありけるによりなむ、この世界にはまうで来たりける。今は帰るべきになりにければ、この月の十五日に、かの未来の国より、迎へに人々まうで来むず。
さらずまかりぬべければ、おぼし嘆かむが悲しきことを、この春より思ひ嘆き侍るなり。」と言ひて、いみじく泣くを、のび太、「こは、なでふことのたまふぞ。机の中より見付け聞こえたりしかど、我が丈たち並ぶまで丸く養ひ奉りたる我が友を、何人か迎へ聞こえむ。 まさに許さむや。」と言ひて、「我こそ死なめ。」とて、泣きののしること、いと堪へがたげなり。ドラえもんの言はく、「未来の時の人にて、持ち主あり。片時の間とて、かの時よりまうで来しかども、かく、この世にはあまたの年を経ぬるになむありける。かの時の持ち主のこともおぼえず、ここには、かく久しく遊び聞こえて、ならひ奉れり。 いみじからむ心地もせず。悲しくのみある。されど、おのが心ならずまかりなむとする。」と言ひて、もろともにいみじう泣く。遊びたる友どもも、年ごろならひて、たち別れなむことを、心ばへなどあてやかにうつくしかりつることを見ならひて、 恋しからむことの堪へがたく、じゅうすなど飲まれず、同じ心に嘆かしがりけり。
 かかるほどに、宵うちすぎて、子の時ばかりに、机のあたり、昼の明さにも過ぎて、光りたり。望月 の明さを十合わせたるばかりにて、在る人の毛の穴さへ見ゆるほどなり。引き出しより、人、車に乗りて下り来て、床より一寸ばかり上がりたるほどに浮かび連ねたり。内外なる人の心ども、物におそはるるやうにて、あひ戦はむ心もなかりけり。からうじて、思ひ起こして、すもおるらいとをとりたてむとすれども、手に力もなくなりて、萎えかかりたり。中に、じゃいあんなる者、念じて空気砲射むとすれども、ほかざまへ行きければ、あひも戦はで、心地、ただ痴れに痴れてまもりあへり。
「ここにおはするドラえもんは、重き故障をしたまへば、えいでおはしますまじ。」と申せば、その返り事はなくて、床の上に飛ぶ車を寄せて、「いざ、ドラえもん、狭き所に、いかでか久しくおはせむ。」と言ふ。立て籠めたる押入れの戸、すなはちただ開きに開きぬ。しずか抱きてゐたるドラえもん、引き出しに立ちぬ。えとどむまじければ、たださし仰ぎて泣きをり。綾取、心惑ひて泣き伏せる所に、寄りてドラえもん言ふ、「ここにも、心にもあらでかくまかるに、昇らむをだに見送りたまへ。」と言へども、「なにしに、悲しきに、見送りたてまつらむ。我をいかにせよとて、捨てては昇りたまふぞ。具して率ておはせね。」と、泣きて、伏せれば、御心惑ひぬ。「文を書き置きてまからむ。恋しからむをりをり、取りいでて見たまへ。」とて、うち泣きて書く言葉は、「この時代に生まれぬるとならば、嘆かせたてまつらぬほどまではべらむ。過ぎ別れぬること、かへすがへす本意なくこそおぼえはべれ。置く具を形見と見たまへ。月のいでたらむ夜は、見おこせたまへ。見捨てたてまつりてまかる、未来よりも戻りぬべき心地する。」と書き置く。 
 天人の中に、持たせたる箱あり。小さき鍵様の物入れり。一人の未来人、御鍵をとりいでて刺さむとす。その時に、ドラえもん、「しばし待て。」と言ふ。「鍵刺しせつる人は、心異になるなりといふ。もの一言言ひ置くべきことありけり。」と言ひて、文書く。未来人、「遅し。」と、心もとながりたまふ。ドラえもん、「もの知らぬこと、なのたまひそ。」とて、いみじく静かに、のび太に御文奉りたまふ。あわてぬさまなり「かくあまたの人を賜ひてとどめさせたまへど、許さぬ迎へまうで来て、取り率てまかりぬれば、口惜しく悲しきこと。永劫仕うまつらずなりぬるも、かくわづらはしき身にてはべれば、心得ずおぼしめされつらめども、心強く承らずなりにしこと、なめげなるものにおぼしとどめられぬるなむ、心にとまりはべりぬる。」とて、今はとて鍵刺すをりぞ君をあはれと思ひいでけるとて、たけこぷたあ添えて、のび太呼び寄せて、奉らす。のび太に、未来人取りて伝ふ。のび太取りつれば、ふと鍵刺せたてまつりつれば、のび太を、いとほし、かなしとおぼしつることも失せぬ。この鍵刺する人は、物思ひなくなりにければ、車に乗りて、百人ばかり未来人具して、引き出しに収まりぬ。その後、のび太・じゃいあん・しずか・すねお、血の涙を流してまどへどかひなし。あの書き置きし文を読み聞かせけれど、「なにせむにか命も惜しからむ。たがためにか。何事も用もなし。」とて、薬も食はず、やがて起きもあがらで病みふせり。
かの奉るたけこぷたあ、駿河の国にあなる山の頂へ登りけり、のび太嶺にて火をつけて燃やしなむ。その山をふじの山とは名づけける。その煙いまだ雲の中へ立ちのぼるとぞ言ひ伝へたる。