かきつばた杯に参加しました。お題は「アリス イン ○○ランド」  http://q.hatena.ne.jp/1347894947

「アリス イン くらんど」

「すまぬ。人探しをしておる。このような女生(にょしょう)を存じ上げないだろうか。」
「いやだよ、お侍さん。存じ上げるなんて。」と茶屋の娘は若侍の持っている人相書きを見入る。
「おかみさん、こんな美人知ってます?」
奥から出てきたおかみも、紙に見入る。
「あらまあ、別嬪さんだねぇ。こんな別嬪さんは、吉原にいるんじゃない?ねえ、半蔵さん。」
いかにも遊び人の、半蔵と呼ばれた男は答える。
「いやだなおかみ、あっしは吉原にはそんなに」
と言いながら、美人と言われた人相書きを見る。
「おや、ほんとにいい女だねぇ。あっしには手が出せないんじゃねぇかな、こんな美人は。」
半蔵は飯屋の外をちらと見て、
「あ、あそこを行くあいつに聞けば、わかるかも」
若侍は身を乗り出す。通りを小走りに行く小男を、半蔵は指差していた。
「かたじけない。」
銀を置き、若侍は通りに出る。小男は少し前に見え隠れしている。見失わないようにしながら、若侍は通りを急いだ。
半町ほど先で小男に追いついた若侍は、小男の前に立った。
「兎屋とやら、すまぬが物を尋ねる」
兎屋と呼ばれた小男は、一瞬若侍を見上げるが、
「お侍様、忙しいのでご勘弁を」
と脇を通り抜けようとする。若侍が兎屋を捕まえようと手を出すが、その手をかわして先へ進む。あっという間に、兎屋は吉原の門をくぐって消えてしまった。

若侍は、吉原の門を見上げ一瞬ためらったのち、中に足を踏み入れた。にぎやかな表通りを進んでいると、わき道から飛び出てきた小男が目の前を通り 反対側の建物の裏へ消えて行く。
「あれは、先ほどの兎屋ではないか」
若侍はそう呟き、建物の裏へ回った。そこには小さな勝手口と、脇に手のひらほどの表札があり、こう書かれていた。
「兎屋」
屋号を確認すると、若侍は勝手口を開けた。
「たのもう」
出てきたのはまだ齢もいかぬ禿であった。
「すまぬが、人を探しておる。先ほどこちらへ入って行った者を呼んでもらえまいか。」
後ろを見る禿の向こうに廊下が見え、そこを小走りに行く兎屋の背中が見える。
若侍はかまちを上がり、禿の脇をどんどん進んで行った。
「お侍様、困ります。」
後ろから追いすがる禿を振り切り、階段を上ろうとしている兎屋の手を若侍はつかんだ。
「人を探しておる。この娘を知らないか。」
差し出された人相書きを一瞥して、兎屋は踵を返して階段を駆け下りた。若侍もつかんだ手を離さずに追う。足を滑らせた兎屋は、廊下の脇の襖にぶつかり、部屋の中へ飛び込んでしまう。つられて若侍も部屋に飛び込む。そこには、一人の女性が佇んでいた。

「弥生殿」
兎屋は花魁の衣装を着けた女性に叫ぶ。
「番頭さん」
と声をかけている花魁に向かい、若侍が言う。
「弥生殿?」
はっとして、若侍を見る花魁。
「そなたは?蔵人ではないか」
若侍は背筋を伸ばし、花魁をまっすぐ見つめる。
「弥生殿と申すは、有栖院様ではありますまいか。」
「いかにも、有栖院でありんす。」
若侍は花魁に近づき、目の前で頭を下げた。
「お迎えに参りました。さあ、こちらへ」
兎屋の番頭が蔵人の前に立つ。
「弥生殿をお渡しするわけにはいかん。者ども」
廊下に面した襖が開き、花札に興じていたならず者たちがあふれ出てきた。蔵人は花魁の手を取り、抜き身を構える。花札の男たちに、蔵人は大声で告げる。
「世に言う有栖院の蔵人たぁ俺のことだ。有栖院の姫君は連れて帰らせてもらう。覚悟があるならかかってこい。」

その後の事は、禿はよく覚えていないそうだ。月の無い晩には、吉原ではいろいろなことがあったらしい。禿が言うには、
「月陰の吉原では何度もいろいろなことがありんす。」




有栖院でありんす と 有栖院蔵人 が書ければ好いってんで書いたもの。
ストーリーなんてあってなきがごとし。