【謎解き】に参加しました。http://q.hatena.ne.jp/1346009507 謎解いてませんが。

「ピレネー超え」


このカーブを過ぎれば、山頂だ。その先は下りだ。
「下がれよ」
後ろのインテルの5番から声がかかる。ああ、分かってるよ。
俺は、右手を少し上げ、体を左にわずかに傾ける。風に押されたヘルメットが、俺の首を押す。風に押されながら、右を通り過ぎる白いグローブを見つめる。緩い上り坂は、速度が出る分から足の負担が大きい。抜け出した5人の集団の真ん中に来たとき、山頂を超えた。
頂上に陣取っていた若者たちが、トラックの荷台で飛び跳ねている。
「いけいけ、下りだぁ」
ここからは、急坂が数キロ続く。下りはバラけるのが普通だ。下り切ったところに今日のゴールがある。他人の風よけなんてやってられるか。
「行くぜ」
ペダルを踏む。右、左カーブ。この先はきついカーブだ。インテルが膨らむ。右へ思いっきり傾ける。右ひじが地面をかすめる。コーナーの岩が、ヘルメットの先を通り過ぎていく。地面が視界を流れていくが、速くて何があるのかわからない。左目の隅に、白い手袋が見える。左に傾けた車体が、白いグローブの前に食い込む。
「取ったぁ」
前には誰もいない。ペダルを半回転押して、車体を右へ。他のタイヤ音が後ろに消えていく。このままキープだ。

サポートカーも、取材のオートバイも追いつかない速度で下り続けるのは、ヨーロッパの山岳地帯、アルプスの南の端だ。この小さなレースで上位に食
い込めば、ツールのチームに入れるかもしれないんだ。フランスでペダルをこぐんだ。

考え事をしていたら、細かいカーブの出口で、青いジャージに追いつかれた。腰を上げて、加速する。このコーナーを左へ、出口で車体を立てたら、即右だ。ブレーキに触るなよ。ガードレールとキスするぞ。
「え」
右手の先に白いグローブが現れた。俺のハンドルとぶつかる。右手が跳ね上がる。コーナーのガードレールが左手をかすめた。目の前を白いヘルメットが横切る。
「わ」
杉の枝の隙間から、青空が見える。ゆっくりと空が一回転して、周りが緑で覆われた。音が飛び込んでくる。ザザザザザザザザ


「よくまあ、100キロのスピードで落ちて、擦り傷ですんだよなぁ」
サポートのピエールが、早口のイタリア語でまくしたてる。話してる内容の1割ぐらいしかわからないが、いいやつなのは確かだ。
「受け身は習ったからな。」
「なんだ?それ」
「ジュードーだよ」
「おお、ジュードーか。さすがだ、忍者の国だな。お前も忍者か」
ペラペラとしゃべるピエールを置いて、サポートカーから俺のバッグを取り出す。
「あー腹減った」
バッグから、包みを出し、膝の上に広げる。ちょっと冷たいが、まあ、いいだろう。俺は蓋を空ける。
ピエールが覗き込む。
「なあ、それ、おいしいのか?ソースもパスタもパンも入ってない。色も少なすぎる」
「ああ、うまいよ。」
箸で白い塊をすくうと、口の中にほおりこむ。少し紫がかった赤い塊を少し剥ぎ取る。口に入れる前に、唾液が先に口を満たすのを感じる。
「ほんとかよ。」
ピエールは赤い塊に指をつけ、そっとなめている。やめとけばいいのに。ほら、顔がくしゃくしゃになった。
「信じられない、なんだそれは」
「梅干しだよ。ウ・メ・ボ・シ。プラムの酢漬けだな。」
「ピクルスじゃないよ。そんな味じゃない。」
アルマイトの弁当箱の中身は、もう半分もない。ピエールにそれを見せながら、俺は言った。
「これは、白地に赤い丸なんだ。日本の国旗。ヒ・ノ・マ・ルなの。日の丸弁当って言うんだよ」
「お前は、国旗を食べてるのか」
「ああ。でもなぁ、これは自転車競技には最適なんだよ。」
ピエールは首をかしげる。
「なんでだ?普通はパスタって決まってるだろ。カーボンローディングなんだから」
俺は胸を張って答える。
「日本の米は、最適なカーボンローディングができるんだよ。それに、ソースがいらないから、脂肪とかも余計にとらないし。」
「へえええ」
「この梅干しは、クエン酸が入っているから、疲労回復になるんだ。な、最適だろう?」
両手を上げるピエールを無視して、俺は弁当を片付ける。
今日のゴールは散々なタイムだったが、国境を越えてツールにはいつか参戦してやる。そして、フランス人に言ってやるんだ。
「ピレネー越えには、日の丸弁当が一番いいんだ」って。

ちくしょう、肘が痛いぜ。ピエール、脱脂綿だ。


修正第一稿があって、ほんとはこっちを投稿する予定だったんだけど、手違いで上を投稿。

このカーブを過ぎれば、山頂だ。その先は下りだ。
「下がれよ」
後ろのインテルの5番から声がかかる。ああ、分かってるよ。
俺は、右手を少し上げ、体を左にわずかに傾ける。風に押されたヘルメットが、俺の首を押す。後方へ下がりながら、右を通り過ぎる白いグローブを見つめる。緩い上り坂は、速度が出る分から足の負担が大きい。抜け出した5人の集団の真ん中に来たとき、山頂を超えた。
頂上に陣取っていた若者たちが、トラックの荷台で飛び跳ねている。
「いけいけ、下りだぁ」
ここからは、急坂が数キロ続く。下りはバラけるのが普通だ。下り切ったところに今日のゴールがある。他人の風よけなんてやってられるか。
「行くぜ」
俺は低くつぶやいてペダルを踏む。右、左カーブ。この先はきついカーブだ。インテルの奴が外へ膨らむ。右へ思いっきり傾ける。右ひじが地面をかすめる。コーナーの岩が、ヘルメットの先を通り過ぎていく。地面が視界を流れていくが、速くて何があるのかわからない。左目の隅に、白い手袋が見える。左に傾けた車体が、白いグローブの前に食い込む。
「取ったぁ」
前には誰もいない。ペダルを半回転押して、車体を右へ。他のタイヤ音が後ろに消えていく。このままキープだ。

サポートカーも、取材のオートバイも追いつかない速度で下り続けるのは、イタリアの山岳地帯、アルプスの隅の尾根だ。この小さなレースで上位に食い込めば、ツールのチームに入れるかもしれない。俺はフランスでペダルをこぐんだ。

考え事をしていたら、細かいカーブの出口で、青いジャージに追いつかれた。腰を上げて、加速する。このコーナーを左へ、出口で車体を立てたら、即右だ。ブレーキに触るなよ。ガードレールとキスするぞ。
「え」
右手の先に白いグローブが現れた。俺のハンドルとぶつかる。右手が跳ね上がる。コーナーのガードレールが左手をかすめた。目の前を白いヘルメットが横切る。
「わ」
杉の枝の隙間から、青空が見える。ゆっくりと空が一回転して、周りが緑で覆われた。音が飛び込んでくる。ザザザザザザザザ


「よくまあ、100キロのスピードで落ちて、擦り傷ですんだよなぁ」
サポートのピエールが、早口のイタリア語でまくしたてる。話してる内容の1割ぐらいしかわからないが、いいやつなのは確かだ。
「受け身は習ったからな。」
「なんだ?それ」
「ジュードーだよ」
「おお、ジュードーか。さすがだ、忍者の国だな。お前も忍者か」
ペラペラとしゃべるピエールを置いて、サポートカーから俺のバッグを取り出す。
「あー腹減った」
バッグから包みを出し、膝の上に広げる。ちょっと冷たいが、まあいいだろう。俺は蓋を空ける。
ピエールが覗き込む。
「なあ、それ、おいしいのか?ソースもパスタもパンも入ってない。色あいも少なすぎる」
「ああ、うまいよ。」
箸で白い塊をすくうと、口の中にほおりこむ。少し紫がかった赤い塊を少し剥ぎ取る。口に入れる前に、唾液が先に口を満たすのを感じる。
「ほんとかよ。」
ピエールは赤い塊に指をつけ、そっとなめている。やめとけばいいのに。ほら、顔がくしゃくしゃになった。
「信じられない、なんだそれは」
「梅干しだよ。ウ・メ・ボ・シ。プラムの酢漬けだな。」
「それはピクルスじゃないよ。そんな味じゃない。」
いろいろ凹んだアルマイトの弁当箱の中身は、もう半分もない。ピエールにそれを見せながら、俺は言った。
「これは、白地に赤い丸なんだ。日本の国旗。ヒ・ノ・マ・ルなの。日の丸弁当って言うんだよ」
「お前は、国旗を食べてるのか」
「ああ。でもなぁ、これは自転車競技には最適なんだよ。」
ピエールは首をかしげる。
「なんでだ?普通はパスタって決まってるだろ。カーボンローディングなんだから」
俺は胸を張って答える。
「日本の米は、最適なカーボンローディングができるんだよ。それに、ソースがいらないから、脂肪とかも余計にとらないし。」
「へえええ」
「この梅干しは、クエン酸が入っているから、疲労回復になるんだ。な、最適だろう?」
両手を上げるピエールを無視して、俺は弁当を片付ける。
今日のゴールは散々なタイムだったが、国境を越えてツールにはいつか参戦してやる。そして、グルメなフランス人に言ってやるんだ。
「ピレネー越えには、日の丸弁当が一番いいんだ」って。

ちくしょう、肘が痛いぜ。ピエール、絆創膏だ。