謎解きに回答しました。

lionfan2さんの謎解き http://q.hatena.ne.jp/1339511191 に回答したものです。


「湯屋」

「すごいんだよ、温泉だよ」
湯屋の前で、呼び込む声が聞こえてくる。日が西に傾き、暮れ六つも近い。
「よう、温泉ってなんだい」
尻っぱしょりの棒ふりが、湯屋の前の娘に声をかけている、
「いやだよ、温泉知らないのかい、入っていきなよ。」
「普通の湯じゃないのかい」
娘は胸を張って、若者ではなく、通りに向かって言う。
伊豆の国は熱海の海岸から、えっちらおっちら運んできた、温泉だよ。昨日取ってきて、将軍様に献上した残り湯だよ。」
若者は大声で応える。
「そらすげぇや。将軍様とおんなじなのかい」
娘は誇らしげに、
「そうだよ、将軍様がお使いの湯とおんなじ湯に入れるんだ、今日を逃すともう入れないよ。」
「そいつはてぇへんだ、はいらねぇと。」
若者が、担いでいた棒と桶をほおり、湯屋へ消える。すでに人だかりになっていた通りから、湯屋の入口に人々が殺到する。
娘が大声を上げる。
「はいはい、並んで並んで、あわてないあわてない。温泉はすぐにはなくならないよ。温泉だよ。腰に効くよ。腹にも効くよ。」

若者は、湯屋の二階に座っている。娘が茶を持って行く。
「なあ、お藤。ほんとに入ってるのかい、温泉」
若者は、下を指差して言う。お藤は小声で答える。
「いやだよ、入ってるって。」
「ほんとか」
「手桶一杯だけどね。」
と舌を出す。
「それでも、箱根へ湯治に行くのに比べれば、入れるだけ御の字って所なんじゃねぇのかねぇ」
お藤と若者は、後ろから声が掛かって首をすくめる。振り向くと、いかつい男が座っている。
「お、親分さん」「すみません、これは、おっとうが」
ひれ伏す二人に、親分と呼ばれた男はやさしく声をかける。
「いやいや、咎めてねぇ。お二人さん、頭を上げてくれ」
おそるおそる頭を上げた二人は、柔和な顔を眺めていた。
「箱根なんて、一生かかったって行けねえのが、そのへんの奴よ。なあ。半月何にもしねぇで出かけるなんざ、できっこねぇやな。熱海の温泉気分が手 にへえるんだから、贅沢言っちゃいけねぇなぁ。温泉がかけらでも入ってれば、そりゃ嘘はねえわな。」
「親分さん、すんません」
その時だった。湯屋の裏手で派手な「ガランガラン」という音が聞こえてきた。
親分は、十手を掴むと、階段を駆け下りていた。若者が続く。
湯屋の裏手には、たきぎや湯桶やらが積んである。その脇に、大きな鉄の鍋の様な物が転がっていた。その脇に、細い人影が立っている。日も暮れよう という黄昏時。その人影は、夕闇に溶け込み、今にも消えそうである。親分は、人影と対峙した。左手に十手を構え、右手を腰の後ろに回す。ただならぬ気配に、駆け下りてきた若者とお藤は、湯屋の建物に張り付いて動けない。
人影の右手がゆっくりと上がる。その先には、長物が握られている。人影が踏み出そうとした瞬間、親分の右手が動いた。と、同時に、人影の右手が、 夕闇の中で一閃する。刹那に足元で音がする。
チャリーン。
落ちかけた夕日が、親分の足元を照らす。そこには、真っ二つになった寛永通宝が転がっていた。
「お前は、誰だ」
親分の問いに、人影は間合いを詰めてくる。下げられた切っ先が、一瞬上がる。
脇に転がっていた鍋の様な物が半分になる。
「あ、風呂釜が」
お藤が近づこうとするが、若者が止める。
「そうよ、この風呂釜が憎いのさ。この世から葬ってやるわ。」
若者が、お藤に聞く。
「なんだよあれ。あんな風呂釜みたことねぇ」
「あれは、五右衛門風呂なの。上方の風呂なんだけど、おっとうがもらってきたんだけど、誰も入らなくて」
「なんだよ、五右衛門風呂って」
十手を構えながら、親分が語る。
「大阪の豊臣のお城に忍び込んだ盗賊がいた。そいつが五右衛門だ。上方の偉い人からいろいろ盗んだそうだ。」
「あの、歌舞伎の五右衛門ね。絶景かな絶景かなって。」
お藤に頷く親分。
「そいつは、豊臣の城でつかまって、死罪になった。釜茹でだ。」
「うへぇ」
「そのゆでた時と同じ炊き方の風呂が、五右衛門風呂だ。」
「その釜に水を張って、下から火を炊くの。すのこを入れて入るの」
「趣味わりぃなぁ、上方の人は。釜茹での風呂かい。やだやだ」
十手を右手に持ち替えて、親分は語りかける。
「五右衛門風呂を憎み、鉄釜を割る太刀、投げ銭を弾く使い手。お前、伝え聞いたことがある。伊賀者か?」
人影はジリッと間合いを詰めてくる。急速にやってきた闇に、人影が溶けたと思った瞬間、十手が宙を舞った。地面に倒れて、太刀を逃れた親分の上空 から、お藤に人影が躍る。闇の中、轟音が響いた。
呆然と立ち尽くす着流しの素浪人の足元に、太刀が転がっていた。若者の袖から、ゆっくりと煙が上がる。親分が若者に問う。
「貴様、何者だ」
袖から少し出ている短筒の先から立ち上る細い煙を、ふっと流して若者はお藤に言う。
「源大輔と申す。短筒の流派、三星流の範士を務めております。この太刀を追っておりました。」
足元の刀を手に取り、お藤が言う。
「あら、この刀って、高いの」
立ち上がった親分が、縄を手に素浪人に近づく。浪人の肩に手を掛けながら、お藤に言う。
「それは、世にいう斬鉄剣だ。鉄を切り鋼を割る。将軍様の持っている宝剣よりも価値がある」
ふううん、と上の空で聞くお藤。と、堀端から姿が消える。駆け寄る親分と大輔。二人の鼻先から、猪牙船が下っていく。
「じゃあねぇ、銭形の親分さん。これもらっていくわね。悪いわねぇ。悪くないけど。」
お藤と叫ぶ大輔を抑え、銭形は浪人の縄を解く。
「お主、名は何と言う」
「石川でござる」
「じゃあ、五右衛門だな。いっしょにこいや」
銭形平次は、右手を顔にかけると、一気に引きはがした。そこには、似ても似つかない短髪の男が立っていた。
「なあ、石川の。それから、そっちの大輔さんも。あれ、とりもどそうぜ」
「お前、何者」
その時、通りから呼子の鳴る音が聞こえてきた。
「おや、本物の銭形のとっつぁんだ。こうしちゃいられねぇ、一緒に逃げるぜ。こっちだ。」
橋の下に舫ってある小舟に飛び乗り、流れに乗せる。飛び降りる二人を受け止め、お藤の行った方へ進める。
「なんだか、これからずううっと、こんな生活するんじゃねぇかなって、予感がするんだが。」
大輔の呟きに、長いもみあげの男が振り向く。
「これも、運命さ。行こうぜ」