「時間よとまれ」三部作その1 かきつばた杯参加作品

急制動



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さあ、呟いてみてください。

「時間よ、とまれ」




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俺は、太陽系に帰ってきた。
「さて、ウラシマ効果とやらを、実証する日が来たわけだ」
俺は、コンソールに話しかけた。
「ハル、地球はあるのか?」
「ええ、健在です。デイビッド」
音声とともに、コンソールには今の太陽系第三惑星の映像が浮かぶ。
俺が出発してから、200年ほど経っているはずだが、見た目は変わっていない。相変わらず、青く美しい地球が見えている。
「ん?ハル。スチルじゃなくてライブの映像にしてくれ」
「どうしましたか。ライブ映像ですが」
「いや、なんとなく、動いてない気がするんだが」
そうだ、雲の形も変わっていない。自転もしていないんじゃないか?
「なにか、連絡は?」
「まだ、ありません。」
「通常航行で半日経ってるのに?」
「現在調査中です」
俺は自分で、情報を調べ始めた。

地球と連絡が取れない。応答がない。なにも、電波が飛んでいない。

地球は死んだ惑星になっている。
「どうなってるんだ、ハル」
「わかりません。調査中です」


しばらくして、コンソールに人物が表示された。
「月面からの映像信号です」
その映像は、こう告げていた。

「私は、イワノビッチ。ロシアの宇宙飛行士だ。月面からこの情報を発信している。
この情報を見ているのは、超光速試験飛行から帰ってきた、デイビッド博士か、異星人だけだと思う。
地球は、停止してしまった。
繰り返すが、地球の時間が停止してしまっている。
理由はよくわからないが、地球上の誰かが「時間よとまれ」と呟いたからだと、司令船のライブラリは言っている。
50億人に一人だけ、時間をとめる能力のある人間がいるらしい。
そいつが、たまたま「時間よとまれ」と言っちゃったらしいんだ。

ケッ 迷惑な話だぜ。

あ」

画像が乱れている。

「これを見ているデイビッド博士。唯一の希望は、君がこう呟くことだ。
”時間よ、動け。”
これは、誰が呟いてもいいらしい。」

画面が途切れる。

何だって?地球の時間が止まってるって?月面は大丈夫なのか?
「ハル、この情報は、いつ撮られたものだ?」
「143年2か月と2日11時間19分32秒前です」
「もう143年もこのままなのか。クソッ」
俺は、コンソールを叩く。このままじゃ、補給も修理もない。そう長くはもたないだろう。

画面が再びともる。

「呟きの影響は、いわゆる重力圏の中だけらしい。月から呟いても、地球は回らない」
イワノビッチは苦悩の表情を浮かべている。

「時間よ動け、の呟きは、大気圏突入の瞬間しか呟けない。
重力圏は衛星軌道よりも、内側だ。」
イワノビッチは、地球周回軌道の高度を示している。
「どうするかは、君次第だ。」

映像は途切れた。

俺は、即断した。
「ハル、軌道計算だ。呟く瞬間のカウントダウンを始めてくれ」

気になることがひとつある。



イワノビッチの示した高度まで、

大気圏突入装備の無いこの船体が持つのかどうか、

それだけだ。