「時間よとまれ」三部作その2 かきつばた杯参加作品

『ISS』

「こちら、国際宇宙ステーション。ヒューストン、応答して下さい。」
ヘッドセットから聞こえてきた音声に、俺は問いかけた。
「どうした?マーサ。通信が途切れたのか?」
狭いISSの中を、希望セクションから、居住セクションへ向かう。いつもなら割り込んでくる、ヒューストンのアレンの声が聞こえてこない。
「全然応答が無い。コウノトリが向かっている最中なのに。」
マーサの声がだんだん小声になる。
通信室は、マーサとノグチでいっぱいだった。振り向いたノグチか、早口でまくし立てる。
「どこからも電波が来ない。」
「ヒューストンが停電なのか?」
マーサが首を振る。ノグチが俺に顔を寄せる。
「地球のどこも、通信してないんだ。」
「死んでしまったみたい。」
マーサは白い顔が、ますます白くなっている。

俺の耳に、雑音とロシアなまりの英語が聞こえてきた。
「通信だ。」
俺たち三人は、耳をすました。

「こちら、月面のイワノビッチ。ISS.応答してくれ。」
マーサが俺を睨む。コマンダーのノグチが応答する。
「こちら、ISS。コマンダーのノグチです。イワノビッチ、月面の探査中ですよね。」
雑音の中、途切れ途切れに声が続く。
「無事だったか、地球とは連絡が取れなくて。」
「何が起こったんだ?」
「わかってないのか。地上の様子を、直接見てみると分かるはずだ。」
ノグチは、地上観測ユニットの操作を始めた。コンソールに地上の建物が映る。
「普通に見えるが」
「アップにして見ろ。」
イワノビッチの言う様に、倍率を上げて行く。車や人が見えてくる。
「あ。」
マーサが画面の一箇所を指さす。
そこには、不自然な形で空中に浮いている、スケートボーダーが映っていた。広場の手すりから空中に飛び出し、頭を下にして止まっていたのだ。
イワノビッチの声が聞こえる。
「君たちの補給に来るコウノトリも、こうなってる。」
コンソールには、ブースターロケットを切り離した直後のロケットが表示されている。
「止まってる。」
「理由は分からないが、ISSよりも下は、時間が止まってるらしい。」
何だよそれは。
「いつ止まったんだろう。」
マーサが画面を指して言う。
グリニッジ標準時、14時26分41秒2。」
「そうか、切り離しだな。」
俺は、思わずつぶやいた。
「時間よ、動け。」
動く訳ないか。止まったままのコウノトリを見ながら、俺は頭をかいていた。


「地球が止まって3ヶ月か。本質は、補給が止まって3ヶ月だな。」
空のフレームばかりの貯蔵庫を見ながら、俺はため息をついた。補給が無い今、持って一週間ってとこだな。
「ISS、イワノビッチだ。」
画面の向こうのイワノビッチは、血色がいい。仮設基地は、食料はふんだんに有るらしい。
「ライブラリに、変なレポートが有ったんだ。送ったけど、長いから要約すると、時間を止められる人がいるらしい。」
「そいつのせいなのか?」
「かもしれない。レポートでは、段々能力が強くなってると。」
俺は、イワノビッチに言った。
「時間を止めるんじゃなくて、再び動かす方法を知りたいんだよな。」
「それも書いてある。時間よ、動け、って言えばいいだけらしい。」
「それなら、最初に言ってるよ、俺。」
イワノビッチは、下を指して言った。
「止まってる所の、ギリギリ境目で言わないとダメらしい。」
「この高度じゃダメなんだな。」
「補助ブースターの切り離し高度と言うわけだ。」
「あと少しだったか。」
「そうらしい。」

ノグチが肩を叩いた。
「どこまで降りればいたいんだって?」
「ブースター切り離し高度付近ですから、70kmあたりでは?」
「ISSじゃ、燃え尽きるのが、そこまで届かないか?」
「何を」
ノグチは、僅かに笑って言った。
「こうしていても、何にもならないと思ってさ。」
「じやあこうしますか。それぞれのユニットがどこまでもつか競争ってのは。」
「マーサにも聞かないとな。」
「あーら、さっきからいるわよ。仲間外れにしないでよ。」
「俺は実験区画、マーサは貯蔵区画、ロジャーは居住区画だ」
俺は、二人に言った。
「それぞれ、データをイワノビッチに報告するように。」
「ん?」
「人類最後の希望に、データと言うお土産を残して置かないとな。」
「デイビッド博士か。」
「確かに、最後の希望かも。」
「では、張り切って行きましょうか。」と、ノグチ。
「負けないわよ。」と、マーサ。
さあ、出発だ。



地球に輝く三つの花火と、届いた高度のデータを見ながら、イワノビッチは映像を作り始めた。