かきつばた杯の再録1 お題は「:○げちゃだめだ ○げちゃだめだ ○げちゃだめだ」

『とりあえずは学園祭のテロリズム』
 
目の前に置いてあるものは、
「これなんだけど」
と差し出されたA4上質紙。印刷されているのは、脅迫文だと思う。たぶん。
【11月25日。今日、学園祭を爆破する。】
「ね、副会長。意味わかんないんだけど、それ」
副会長と僕が呼んでいるのは、目の前でA4上質紙を持っている眼鏡女子。飯尾副会長だ。
「速水会長、爆破予告だと思うの。これ」
それはわかってるつもりだけどね、僕は。
「いや、そうだけどさ、目的は?学園祭阻止?それなら生徒会じゃなくて、学園祭運営委員とか、学園長とかでしょ?」
副会長は、メガネの真ん中の鼻にかかってる部分(ここ、何て言うの?メガネ掛けないから僕にはわからない)を押し上げて、僕に言った。
「そりゃ、学園影の秘密結社”探偵倶楽部”に挑戦状って事でしょう?」
あのね。
「学園影の秘密結社ってさ、意味ないじゃん。この生徒会狙い撃ちでしょ、これ。僕らのことバレバレってことだよね。」
A4上質紙をヒラヒラさせて、僕は言った。
「まあ、まあ、かたいこと言わずに」
その紙を僕の指から奪い、ホワイトボードに磁石で貼り付けているのは書記の森田だ。こいつもメガネをかけている。
「しかもさ、こんなことするのって」
「部員不明の謎のクラブ”テロリズム研究会”ぐらいしかないわよねぇ」
と続ける副会長。
「対策は?森田君」
僕に指名された森田は、ホワイトボードに何やら書き始めた。
「まずは、本拠地”テロリズム研究会”の部室でガサ入れです」
グルグルとボードに赤い丸を書き続けている森田の案には、根本的な欠陥があることに僕は気付いた。
「大山先生には相談しないの?それと、テロリズム研究会が首謀者ってわかってるわけ?」
森田は得意げに、メガネの中央部(ここって、何て言うの、ホントに)を押し上げて言った。
「生徒会お目付け役の大山先生は、パニックするだけで役に立ちませんから知らせません。学園内テロ予告なんだから、テロリズム研究会に”相談”するのが一番じゃないんですか?」
なるほどね、相談ねぇ。
「わかった。それでいこう」
「では、会長と書記の二人で、テロリズム研究会の調査をお願いします。」
ガサゴソと手元で紙類を整理していた飯尾女史が言う。
「副会長はどうするの?」
「ちょっと心当たりが・・・のちほど」
スタスタとメガネ女子は生徒会室を出て行く。どこへ行くんだろう。
「さ、行きますよ」
森田に促されて、僕らは文化部部室棟へ向かった。と言っても、すぐ隣なんだけどね。

学園祭の初日の朝だから、部室棟は大混雑で、なかなか進めない。
三個目の部屋には読みにくい字で、「テロリズム研究会」と書いてある。世の中のテロの実例を調査して、そのようなことを防止する方法を研究してるんだというんだけど。
「どうもぅ」
軽いノリで、森田が入っていく。あれ?ガサ入れってもっと強行するものなんじゃな
部室には誰もいない。
「部長ってだれだっけ」
僕が言うと、森田は振り向いて、
「1年の嶋本ですよ。でも、本当の部長やメンバーは、わからないんですけどね」
「え、そうなの。2,3年は?」
「名目上みんなやめてますよ。ま、僕もそうですけどね。」
なんだそれ。森田、お前もメンバーかよ。
「じゃ、やめた2、3年が犯人じゃ」
森田はフフフと笑って、
「そうかもしれませんねぇ」
ばかばかしい。こいつらの遊びに付き合わなくちゃいけないってことか。僕は森田に言った。
「わかった。ここには証拠も証人も手掛かりもないから、OBにあたろう。」
「そうですね。」
「じゃ、森田。お前とお前の知っているテロ研のOBを紹介してくれ」

そこで、僕のスマホが鳴った。メガネ女史の飯尾副委員長からだ。
「爆破予告はホントみたい。校内4か所で同時テロらしいです」
「って、なんでそんなことが」
「森田さんのカバンにあったメモから探ったんです」
え、森田は?あ、いなくなってる。
「爆破予定は、10時です。あと5分しかないです」
ええええええええ。
「場所はメールしますから、なんとか阻止してください」
えええええええええええええええええええええええ

どうしよう。とりあえず、全部が見える所へ。校庭の特設舞台だ。
あと4分。何ができるんだろう。
とりあえず、手を止めてもらおう。
校舎の出口から、舞台が遠い。

舞台には誰もいない。開会宣言はもうすぐのはずだけど…
マイクは入ってるみたいだ。あと3分。
僕は、特設ステージの上のマイクに叫んだ。

「みんな聞いてくれ。緊急事態なんだ。生徒会長の速水だ。準備の手を止めて。緊急事態だから。爆破のね予告が」
手元のスマホに、飯尾女史からの情報が表示される。
「タコ焼きのとなりの、そこ。火を止めて。油!」
僕は屋台の右端を指さした。次は、飼育舎だ。
「飼育舎のトカゲの餌っ、そこっ」
屋上を見上げる。
「屋上、その作業中止。その旗止めて」
それから、人ごみの中を帽子をかぶった森田が、こっちに向かって来てる。
「そいつだ。そこの森田。そいつ捕まえて。こっちにこさせないで。」
みんな、なんだかちゃんと聞いてない。緊急なのが分かってないんだ。
タコ焼きのとなりのフライドポテト、塊を入れそうになってるっ
「そのポテト、ダメダメ」
トカゲの餌入れないでって言ってんだろっ
「その餌、ダメダメ」
見上げる屋上の校旗は、ポールに結び付いたままだ。あ、まだ動いてるっ
「その旗、ダメダメ」
ほらそこっ、森田を捕まえてっ
「そいつ、ダメダメ」
あーもうっ!!マイクに叫ぶっ!!
「芋揚げちゃダメだ、餌あげちゃダメだ、旗揚げちゃダメだ、舞台に上げちゃダメだ、あげちゃダメだあげちゃダメだあげちゃダメだ」
みんな聞いてくれっ
「あげちゃダメなんだってばっ」
校旗がポールの先端に着き、餌箱が飼育舎の台に置かれ、ポテトが鍋に落とされ、森田が舞台に上った。
とたんに。
森田の帽子から花火が、ポールの先端から金色のテープたちが、ポテトの鍋からカラースモークが、餌箱から赤青緑のレーザー光線が。

上がった。

派手なお祭り状態の中で、隣の森田が叫んでいる。
「学園祭テロ大成功!!学園祭バンサイ!はじめようぜ!」

なんだよこれ。学祭の演出かよ。全部あげてよかったんじゃないか。テロ研、なにやってんだよ。

「どうよ、秘密結社”探偵倶楽部”の部長さん。テロ研の勝ちだな」
しかたない、今回は勝ちを譲ろう。
「一つ聞いていいかな。」
「ああ」
ドヤ顔の森田の手を握りながら、僕は小声で聞いた。
「お前が、今、押して上げてるメガネのそこの部分、何て言うんだっけ?」