ちょっと設定をもらって書いてみました。

かきつばた杯の応募作を修正したという質問。http://q.hatena.ne.jp/1336480257

お題をいただいたので、司馬遼風にパスティーシュしてみました。

 

『猫がゆく』

大都会のはずれには、都会には似合わない裏さびれた通りがつきものだ。いや、それこそが都会なのであろう。その裏さびれた通りに、一人の男が立っていた。男の名前はノーマル。それは、極普通の猫であった。
その猫、一人で立っていたわけではない。ほんの少し前に、猫に取り囲まれている。
猫と対峙する、リーゼントヘアの猫が一歩猫に向かって踏み出す。どうやら、この集団の長のようだ。見回すと、普通ではない不良と言われる集団が猫の目に映る。その数、百はくだらない。
リーゼントヘアの長は、猫を見て一言放った。
「なめんてんじゃねぇ」
それに呼応して、周りの猫も口々に叫ぶ。
「おう」「てめぇ」「このやろう」
罵声が猫を取り囲む。その中で、猫は呆然と立ち、手の中に何かを握りしめていた。その手の中の物は、どんよりとした雲間から時折差し込む日差しを受け、鈍く銀色に光っていた。
リーゼントの長は、じりじりと間合いを詰めてくる。一陣の風が吹き抜けると、猫の目の前にリーゼントが居た。
「渡しな。そいつをよ。」
猫は答えない。リーゼントは猫の顔に鼻先を押しつけるようにして、低い声で言った。
「悪いことは言わねぇ。渡すだけでいいんだ。」
周りの怒号が大きくなる。
「殺っちまえ」「そうだ」「なめんな」「おぉぉ」

怒号の中、猫は手に持ったものを見下ろして思っていた。
「このニボシを渡せって?たった1匹のニボシにこの人数?なんだよこいつら。」

リーゼントの目がピクリと動いた。上がった右眉から、冷たい視線が猫の目を射抜く。
「なんだと。今、こいつらって言ったよな。」
「い、いえ。」
猫は無意味な圧力に押され、一歩退く。そこには、不良猫たちが待ち構えている。
「おらおら、なにやってんだ。」「やんのか」「おぉぉぉ」
怒号がさらに大きくなる。
リーゼントの目がさらに薄くなった瞬間、研ぎ澄まされた爪が猫の目の前に出現した。
「どうやら、痛い目に会いたいようだな。」
爪の動きが作り出した風が、猫の目をかすめる。その冷たさに、思わず眼を閉じる猫であった。その眼を開けた時、猫の目には、背の高い別の猫の背が見えていた。その右手は、リーゼントの手を軽く受け止めていた。
「やめたまえ」
その猫は、リーゼントに一喝すると振り返った。そこには、七三分けと分厚く丸い眼鏡が乗った顔があった。
「どちら様ですか?」
猫の問いかけを左手で制し、眼鏡猫は右手を振り払った。
「たかがニボシで、多勢に無勢、君たちは何を考えているんだ。」
「なにをぉ。」「てめぇ、やられてぇのか」
周りの叫びを制して、リーゼントが眼鏡に向き直る。
「よう、誰だか知らねえが、命知らずな奴だな。俺たちに刃向うなんざ、百年はえぇんだぁ。」
すごむリーゼントに対し、眼鏡を右手で直しながら、眼鏡猫は穏やかに語り始めた。
「なにも、私は、君たちと喧嘩しようというんじゃないんだよ。有益な情報を差し上げようと思ってね。充分君たちにも役に立つと思うのだが。いかがかな。」
リーゼントの右隣に立つ、右目の潰れた猫がにじり寄る。
「何言ってんだ。くそくらえだ」
眼鏡猫は、片目の猫に向き、眼鏡を直した。
「これは、これは。裏町猫連合の南部副長の石松さんではないですか。」
ぎょっとする片目の猫。意に介さずに眼鏡は続ける。
「お目にかかれて光栄です。お噂はかねがね聞いておりますよ。先日ご購入の看護猫制服セットの着心地はいかがですか」
「な、なんのことだよ」
「3回ほど、そのコスプレで女装バーに行ったそうじゃないですか、隅に置けませんねぇ。」
「な、なにを」
片目の猫は、飛びかかろうとするが、取り囲む猫たちの冷ややかな視線を浴びて、立ち止まった。
「うそだぞ、そいつの言っていることは嘘だぁ」
叫びながら、片目の猫は消えていった。
猫は一人思っていた。
「あれじゃ、認めたようなものだ。でも、この猫、なんでそんなことを知っているんだろう」
リーゼントの左の猫が立ち上がる。さっきまで座っていたこの猫、立ち上がると大きい。リーゼントの倍はあろうかという大猫が、眼鏡猫を見下ろして、極めて低い声で言った。
「舐めたマネしてくれるじゃねぇか。だがな、そんなことしてもオレ様は動じないぜ」
眼鏡を右手で直し、眼鏡猫は大猫を見上げた。
「おや、北部支部のマウンテンさんではないですか。お珍しい。」
大猫はピクリとも動かない。眼鏡猫は続ける。
「隣町のマリ」
大猫のヒゲがピクリと動く。
「行方が分かった様です。5駅東のガード下に、子猫二匹と暮らしてる様です。」
大猫は不動のままぼそりと呟く。
「オレには関係ねぇ」
「まだ独り身の様ですね。おや、子猫が一匹風邪を引いていますね。子猫なのに、ずいぶん大きいなぁ」
大猫は伸びあがり、眼鏡猫にのしかかろうとした。しかし、寸前で脇へよけ、そのまま歩き出した。
「ありがとな」
低い声でささやき、そのまま猫の群れの中を歩いて行ってしまった。
リーゼントは左右を見回し、群れの中の一匹を手招きした。招かれた猫はリーゼントの横に立った。
眼鏡を直しながら、眼鏡猫はつぶやいた。
「猫背矯正マシーン、にゃんこもシャキーン」
招かれた猫は、目を見開き、あっという間に消えていった。
眼鏡猫は、眼鏡を直しながら、左右を見回した。
「タマさんのシークレットブーツ。シロさん、アデニャンスの調子はいかがで。ミケさん、このあいだのメールって、こんな愛のメッセージでしたよね。”君の瞳にニボシを”。」
群れている猫に次々に告げる眼鏡猫。指された猫は飛んで逃げていく。眼鏡猫はリーゼントに向き直る。
「さて、総長さん。昨日の晩御飯は」
「ま、待て」
リーゼントは眼鏡猫の口をふさぎ、周囲の猫に呼びかけた。
「行くぞ」
群れを引き連れて、リーゼントは消えていった。
「覚えてろよ。」
眼鏡猫が答える。
「ああ、覚えてるとも。昨日の晩御飯」
「忘れてくれぇ。」
声だけ残して、猫の群れはいなくなった。

残った眼鏡猫に、猫は頭を下げた。
「助かりました。本当に。ありがとうございました。」
「いやいや、ノーマルさん。頭を上げてください」
猫は眼鏡猫の眼鏡をじっと見つめた。
「ご、ご存じで…」
「簡単なことです。映像情報からデータベースを検索して、各猫の情報を得るというのは、初歩的な技術ですから。」
ノーマルは尋ねる。
「お名前を聞かせてください」
眼鏡猫は言い放つ。
「簡単には、教えられないなぁ。」
右手の肉球をノーマルに向けて、左右に振りながら眼鏡猫は言った。
「情報は、タダじゃないんでね」
ノーマルは、左手の銀色に光る物体を見下ろした。
「では、これで、あなたの名前の情報を買います。お礼も兼ねて。」
ノーマルは、にっこり笑い、ニボシを差し出した。眼鏡猫はニボシを受け取るとこう言った。
「私の名前は、ミラクル。なんでも知っている奇跡の猫、ミラクル博士と猫は呼ぶ。」
くるりと回って、博士はポーズを付けた。どうやら、そういう趣味のようであった。
「ボクはノーマル。よろしく。」
「ねえ君。晩御飯を山の屋敷のハムスターからもらってじゃれあうって、変なんですかねぇ」

それが、ノーマルとミラクルの出会いであった。この出会いが後々、この都会の片隅に旋風を巻き起こすことは、まだ誰も知らなかった。

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もとの文章に笑いのツボが少ないので、ちょっと難しいです。パスティーシュもうまくいっていないんだけど、ま、こんなものかな。